
感情や意思を伝える手段は色々ある。
文章や、動画、絵画、漫画、音楽、口で発する言葉、手話、点字、ボディランゲージ、叩いたり撫でたりといった触覚へのアプローチ、表情もそうだ。
絵画に近いが、色彩の組み合わせなんかでも直感的に分かったり推測しやすい場合もある。
そのうち知識を比較的学習せずとも伝わりやすいもの。
動画、音楽、表情、触覚へのアプローチ。
動画は音(音楽)、言葉、動作が集約されているからまた別のものでもあるが、どれも喜怒哀楽程度なら分かりやすいし、それ意外でもどういった言葉に値する感情なのか組み合わせが分からないかも知れないが、伝わる事はあると思う。
原始的というか、人間の根本に近い表現が先にあげられた主に後者3つであると思われる。
それらからいかに多くを汲み取るのかというのも興味があるが、それらで伝えられるものをいかに他の表現方法で伝えるかということに興味がある。
例えば。
漫画で音楽を伝える事は出来るのか。
その場合、音楽についての共通の知識(曲名、旋律)が必要になる。
が、音楽を聴いてどう感じたのか、どういった音楽だったのかを伝える事は出来るし、その表現を極める…あるいは受け取る側が感受性を高める、または双方の感性が一致した場合、実際に聴いたかのような興奮を共感出来ると思う。
どこから汲み取るのか。
それは漫画の登場人物のリアクション、コマ割やコマの中の間、効果音などと思われる。
漫画が表現した音楽に感動したのか、その漫画に感動したのかの判断はまた別かも知れないが。
では文章ではどうだろうか。
他の表現ではどうだろうか。
考えを巡らせると目が冴えて眠れなくなりそうだ。
「間」というのは面白い。
無音、空白、それが与えられる事によってインパクトが大分違う。
映画、お笑いなどによく見られるが(多分知らないだけで色々とある)、効果的に使おうとしている表現者は沢山いる。
高校時代に初めて読んだ「エマ」という漫画。
あの漫画で驚いた事は、何コマも何ページも台詞が無いシーンが続く事。
同じく高校時代に出会った「天才柳澤教授の生活」のある話でも、台詞の無いたった数コマで涙が止まらなくなり、その上その感情がなんという名前なのかわからない、という衝撃的な経験をした。
最近では小説を何冊か読んでいるが、文章でそういった「間」を表現する事が出来るのかに大変興味がある。
言葉に当てはめる時点で難しいのかも知れない。
ちなみに今のところ、まだそういったものに出会っていない。
私の感受性がまだ低いのかと思う。
感覚や感情を嫌という程に引き出される事はあるのだが。
中学時代、ほとんどの人に嫌われ、私が大好きだった国語の女先生が何度も大声で言っていた。
「文章を読むだけじゃなく、行間を読むんだ!」
おっそろしい先生で、初めて私を怒鳴りつけた他人で、不器用で激しい人だったが、きっと先生に今会ったら同じ事を言われるであろう。
ところで、写真は間を切り取るもののような、そうでないような気もする。
そして動画とは違い情報量が限られているので想像の余地がかなりあるため、明確に受け取った気がするときもわからないときも勘違いしまくっているときもある。
平安時代の和歌のやりとりみたいなものだろうか。
なんだかんだで受取手次第なので、どのような表現もまあ曖昧なものである。
そこがまた魅力、というのが困ったものだ。
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もう、それだけでいい。
届かなくても、届ける必要をもう感じてもらえなくても、自らが感じていなくても、もういい。
そういうことじゃなくなった。
多分、これでいい。
元気でいてくれたら。

*最近のワタシ*
・名探偵ホームズ(犬)のDVDを購入しハッピー。
・家計簿を書き始める
・
あ、あ思いつかないや(笑)。
もう一個のブログがパス思い出せなくてログイン出来ないorz

階段をどこまでも降りて行く不安。
大人の階段ってヤツは上るんじゃなくて降りてくんだと思う。
暗がりの中へ深く深く。
真夜中の森に踏み込む様に、
息をひそめて慎重に足を踏み出したところで落ちてしまう。
そうして気がつくと見知らぬ闇にまた目が慣れて、また降りて。
降りたつもりが落ちて上ってまた降りて。
何でも無かった子どもの頃が遠く小さく星みたいに見える。
my huckleberry friend
今きみに会いたい。

「どうして?」
「その質問に意味はある?彼や他の大人はもちろん、『これが正しい』そう言うでしょう。でも、他の年代の人はどう?他の国は?時代が違ったら?…答えなんて無いし、例外なんていくらでもあるわ。例自体が大きな例外とも言える程にね。」
「だったらどうしたらいいのさ?」
「自分で考えなさい。必要なら、自分の目で確かめるの。」
「…。」
「あなたはきっと、違う世界に行きたいと何度も思ったでしょうね。それなのに毎日同じベッドで目を閉じる。今、この瞬間から全く別の日常を始める事だって可能なのに。違う?」
「…ああ、あなたの言う通りだ。僕はこの目で確かめる事が必要だ。」
「…素直ね。単純とも言える。私が話した数分であなたはその気になってしまった。いいえ、悪い事ではないの。ただ、人間って面白いと思ってね。」
「面白いのは僕自身さ。」
「そう。もっと面白い大人になったら会いに来てちょうだい。ラベンダーとミントとレモングラスを合わせた特製のハーブティーでも用意して待ってるから。」
「ラベンダーは飲み物じゃない。」
「やっぱり子どもね。木いちごのジャムをたっぷり挟んだクッキーにしておくわ。」
「ありがとう、助かるよ。でも、ラベンダー畑が紫に染まる頃にまた来るさ。」
「ええ、その頃に…また会いましょう。」
「きっとだ。」
***
りんごはなーんにも関係ないね。

普通であれば、二度と会う事も無い人に連絡が取れる可能性がある。
インターネットとはスゴイものだと思う。
ネットがなければ手紙や自力で会いに行くくらいしか無い。
その方が、熱いものがある気もする。
方法でランク付けするのもどうかと思うが…どうなんだろう、アナログ感に勝る温かみをネット上で伝える事は可能なんだろうか。
『人間的』の反対が『機械的』というのはおかしい、機械だって人間が作ったものなんだから…というようなニュアンスのことを某小説で読んだ事がある。
レトロな機械に接すると理解しやすいが、ネットで文字を使うだけではなかなか実感しにくい…というか、伝えるものの温度を上げる方法が難しい気がする。
情熱がよっぽどあれば別なのかしら…
ネットで広がったものは、一度会ったとしても強い繋がりになりにくい。
というか、普段人に接するってことも、結構切れやすい細い糸の繋がりみたいなもんで。
毎日会う人より毎日ブログ読んでる見知らぬ人の方が仲が良い気がする事もある。
でも、数年振りにあった人なのに、時間差を感じない繋がりを感じることもある。
その中でどーやって人に心を伝えて行くか。
その時々、まっすぐ接してくしか無いんだと思う。
なかなか難しいけど。
とか色々考えて書いてみているものの、PCで録画した番組の大泉洋がうるさくて考えがまとまらない!
気がそぞろである!
止めりゃ良いんだけど洋ちゃん好きだ…
真摯に接するってどういうことかとか、自分と向き合う事とか、まあその辺の話はまた今度。
写真は一昨日くらいに食べた桃。
父の分を横取りしたんだけど、その時の父が実にいい顔をしていた(最低ですね)。

ヤケドだな、実に厄介だ。
人それぞれにそれを何と呼ぶかは違う。
その時々でも違う。
今はヤケドだ。

何か出会いがある日の朝は、劇的なになるのかもしれない。
少なくともこの日はそうだった。

悩んでよく分からなくなってるときは、考えないで撮影。
モデルさんには迷惑だけども(苦笑)。
何が撮りたくて何を発表したいのか、自分でさっぱり分からへん。

最近7Dの写真を載せる事が多いですが、フィルムも撮影してます。
ぼちぼち。
少しは7Dで撮るのが楽しくなって来たっていうか。
「デジタルは…」って嫌煙してたのがちょっと和らぎ中。
結局はどう自分が切り取るか、何を選んでどう表現するかって話だから。
でも考えても分かんないし。
感覚で掴むべく、明日も撮影に出かける予定。
人の意見に左右されやすいからしばらく籠ってもいいかも。

暑くて外に出る気がしなーーい!
でも果物とか、八百屋さんに行くと結構色々あって楽しいです。
桃とかぶどうとかプラムとか…
さくらんぼとか。
うちはいつも山形の祖母から送られてくるさくらんぼを食べてたんですが…愛知で買ったやつって全然味が違う!
いいやつを買って送ってくれてたのね、おばーちゃん。
暑いからついつい冷たいものを摂取しがちだけど、なるべく身体を冷やさないように気をつけています。
飲み物も口の中で温めるし(笑)。
夏バテにならないようにしなくては。

東野圭吾さんの小説をまんまと商戦にはめられてがっつりまとめ買いしてしまった…。
寝て起きたら母がもう1冊読み終わってた。
私の積み本がものすごい量になっている件。

全然更新してないのに毎日足跡があって驚きました、ごめんなさい&どうもありがとう。
多分カメピ以外の方々が来て下さっているのだろうと思うのでちょっとだけご報告。
*ガリホト(ガーリーフォト展)に今年は出して見ようかと思案中
*ストロボ&ケーブルレリーズで実験してみようかと思案中
ガリホトに至ってはまたロケを強行しないとなあ。



自分があまり好きではないのでこれまで撮らなかったけど、課題でもあるのでぼちぼちやっていかないとなあー、なセルフ写真の習作。
向き合わずに生きて来たので色々な意味で深いテーマだわ。
このブログの意味が見いだせなくなりつつあるけどもう少し続けようか。
なんだかネットに写真を載せるってことで何を得ているのか迷子。

めっちゃボケてる写真ですがあまりにも楽しかったので。
本人曰く、「男はこういう場所でこういう長い物を振り回すのが大好きだからね!」だそーです。
分かりにくいですが、この人が振り回している棒は3メートルくらいありました。
めっちゃ長いしめっちゃ危ない。
私に当たりそうでしたヨ…。

アングルが悪くてくしゃくしゃになってしまいましたがツツジです。
オレンジと黒って素敵。
このぼわっとしたオレンジの浮かび上がり方にちょっと鴨居玲を思い出したり。

春らしい写真を載せきらないうちに夏になりそー。
テレビでやってたんだけど、20代前半のうちに尊敬出来る人と出会ったり色々な経験をしていると脳の形が変わる程影響があるんだとか。
もうすぐ25だぜ…
出会う為にはそこに行かなくてはならない、環境を変えよっていうのはよく言う事で。
学校で出会えるといいな。
もうGWが私を置いて走り去って行ったのか…。
お金が減っても「経験を買うんだ」と思って転職すれば私は後悔しないんだろうか。
いや、多分するな。
どうやっても後悔し続けるんだろう。
自分が変われたらいいんだけどなあ。
あー頭回んない。
眠いので寝るです。

しろくまアイス。
果物の酸味と練乳が合うのです◎
こんな写真でも、一日一回真剣にファインダーを覗ける日があると「幸せだな」って思う。
撮影するという行為に満足してしまう。
ちゃんと作品撮らないと、ね。

ぐるぐるして最近、仕事の事を考えるとのどが詰まる感じがする。
呼吸しにくし。
こんなとこに書いてしまうくらいダメなんだわ。
私さえ居なければって何年も思ってた。
一度蓋がめくれたら止まらない。
やばい。
ピアス、今更ながら開けてみようかな。
前髪切って髪も染めよう。
メガネも新しくしよう。
わかりやすい反抗期みたいだ。
蔦に全部覆われて眠ってしまいたい。

転職サイトで自分の履歴を書いてみる。
社会的に見てこういう人間なんだな、と思うと違和感バリバリ。
腐りそうだ。
ここに来て急に人生番狂わせモード。

そろそろ今の職場に居るのも限界かなと思っている。
が。
学校に入学してしまった為にお金がいる。
仕事辞めてもやってけんだろうか。
いっそ京都で仕事探せば学校近いか…とか思ったり。
ライターの勉強もしてみたいんだよなあ。
構成作家みたいな仕事や脚本家の勉強もしてみたいんだ。
はー。

悩むぜ。

雑誌の嵐コーナーの写真家が梅佳代さんだったーーー!
超うらやましい。
「カメラ越しにイケメンがこっちむいて笑ってるんですよ」とたまらない感じでしゃべってたのを思い出すと羨ましくてかなわん…!
松潤が出した次回のお題は「写真」で、ニノと相葉さんが写真について語るそうで…楽しみ過ぎる!!
松潤はローライ持ってるらしいしニノと松潤でも聞いてみたかった。
でも相葉さん最近好きなのでいいや(満面の笑み)。

人も色々な面があって、どの色を見せるかって人によって違うし、どう見えるかも相手によって違う。
でも繋がって一つの私。
日記用のブログ(リンクからどうぞ)にカラー診断を載せてみました。
皆様もどうぞ遊んでみてくださいな^^